参考になる!なる!モデル成功事例レポート

小さな成果が病院のレベルアップにつながり、そして地域の環境づくりに広がる

彦根市立病院

医療機関でも患者のQOLに目が向けられるようになり、褥瘡予防が改めて認識されるようになりました。 そんな中で滋賀県彦根市の彦根市立病院では、この10月1日から、褥瘡外来がスタートしました。 形成外科の伊藤文人先生、看護科長補佐である北川智美さんを中心に、看護師、管理栄養士とソーシャルワーカーと、状況に応じて加わる薬剤師、理学療法士からなる褥瘡外来スタッフで、 毎週水曜日、午後2時から予約制で行われている診察は、地域の広報やテレビ、新聞などのメディアで報じられたこともあって、患者さんが後を絶ちません。

一人の患者さんに何人ものスタッフが対応するので、一人の診察に30分を超えることもしばしば。 既に診療時間の増加を考えなければならない状況にもあります。 しかし、彦根市立病院の褥瘡予防に対する挑戦はこの褥瘡外来だけではありません。 在宅医療や訪問介護と一体になった地域ぐるみの褥瘡予防に広がろうとしています。

たくさんの情報で患者さんの役に立ちたい

看護学校を卒業して以来、彦根市立病院に勤務する北川さん。 今から10年ほど前、整形外科に勤務していた時に脊髄損傷の患者さんの大きな褥瘡にショックを受けました。
「当時、ガス壊疽など、今ではありえないような褥瘡が少なからずあって、それを何とかしなければと考えたことがWOC(※1)を目指したきっかけです」。 福祉に対する興味も深く、看護師として勤務するかたわら、京都の大学で社会福祉を学び、ケアワーカーやケアマネジャーとして働く人々との関わりの中で、 病院の役割は治療する場であることを改めて認識しました。 「ちょうど経験的にも看護師として自分の得意分野がはっきりする時期でした。 直接的なきっかけはトーマの患者さんと関わる中で、たくさんの情報を持って患者さんの役に立ちたいという気持ちが働いたことでした。 周囲からもどうせやるなら、スペシャリストになったらどうかという勧めもありました」。 そしてWOCの試験を突破。 現在、彦根市立病院で唯一のWOCとして、院内のすべての褥瘡対策を預かり、コンサルテーションに明け暮れる毎日です。
※1 WOC: 皮膚・排泄ケア認定看護師

病院全体のレベルアップを実現させるために

「褥瘡対策は私一人が頑張っていても始まりません。 看護師だけにとどまらず、患者さんのベッドサイドに立つすべての病院職員がそれぞれにやることが絶対あるはずなんです。」 褥瘡対策は、まず、つくらない環境を整えるということが大切と考える北川さん。 その一端として直接現場でリーダーシップをとってくれるリンクナースの育成教育を行い、OHスケールの使用などの現場教育はすべてリンクナースに任せました。 「現場で私が指導することも考えられるのですが、リンクナースが『できた』という達成感を味わうことで、『私たちにもできる』という意識を持ってもらえることがわかりました」。 今では「この患者さんはOHスケールが何点ですので、エアマットレスが必要だと思うんですけど、貸してもらえますか?」という声が院内で聞こえるようになりました。

手作りのマットレス管理表。
院内の体圧分散式マットレスの使用状況が
一目でわかります。

「病院全体がレベルアップしないと褥瘡がなくならない」。 そう考える北川さんは、院内のスタッフにつねに勉強会への出席を呼びかけています。 こうした一つひとつの努力も実って、彦根市立病院の褥瘡対策は効果を上げています。 「2002年から始まっていて、褥瘡の発生率が少なくなっていたこともありますが、私が担当してから、褥瘡の院内発生は、傷が浅いものはほとんどなくなり、 深い傷の褥瘡が減ったという成果も表れています。在宅から院内に持ち込まれる患者さんの褥瘡も深くなるケースが減っています」。

そのままの内容で現場の看護師の教育に使える

北川さんの褥瘡防止に対する情熱は、積極的な情報の収集にもつながっています。 その一つがタイカの主催するセミナーへの参加でした。 「実践的な内容のセミナーでした。 よく、著名な講師が学術的なことを一方的に講演するセミナーもありますが、このセミナーは何よりも具体的で、わかりやすい言葉で行われていました。 私たちが現場で他の看護師に教育する時もそのまま使える内容でした」。 こんなふうに人に伝えれば理解してくれるのか。 私にもできるかもしれない。 それが北川さんの感想でした。

今回のレポートにご協力いただいた
北川さんを中心に褥瘡対策は実施された。

「このセミナーでOHスケールが現場に最も適していることも改めて理解ができました。 今までやらなければと思いながら機を逃すことはあっても、具体的に点数化されると『どうしても動かなければいけない』気持ちになります。 やはり人間、数字が目に見えると違います」。 北川さんが実施しているセミナーで、OHスケールを在宅看護師が理解するために、こんな宿題を出しました。 担当する利用者の状況をOHスケールにあてはめて、どんなマットレスが合っているのか、各人が考えてみることです。

「タイカは、企業として高齢化社会に必要なものを探していて、その先にマットレスがあるという感じです。 その企業スタンスはモノを売っているというよりも、信念というか、気持ちを、社会に提供しているように思えます」

褥瘡を防ぐ環境づくりを地域で整えていきたい

高齢者に限らず、生活する場所、生きていくためには、「家」「在宅」が一番いいと考える北川さん。 ちょっと具合が悪くなったら、すぐに病院に入るのではなく、高齢者に適応した環境や開業医や訪問介護士が、予防や治療をして、悪化して重篤化することがないようにしていきたい。 そのためには病院に来るまでにも、一貫して褥瘡を予防できる環境をつくらなければなりません。

その一端が訪問看護ステーションの在宅実習ケアセミナーです。 「私が実習にしましょうと言いました」。 こういう時はこうする。 こういうやり方もある。 実践だから理論よりもすぐ使えます。 地域のステーションを対象に3回シリーズで行っています。 また、高校生に向けて、褥瘡の辛さを切り口に、それを守ることと看護師の仕事の話をしました。 彦根医師会主催の在宅地域連携研修会では彦根市医師会の医師全員に声を掛けることができました。 さらに、開業医や在宅の看護師、訪問介護士を対象にした実習セミナー、地域の特別養護老人ホームや老人保健施設での講習だけでなく、 北川さんを頼りにする退院した患者さんや在宅の患者さんの電話相談など。 北川さんの仕事は途切れることがありません。

「この病院の理念が『住み慣れた地域で健康を支え、安心とぬくもりのある病院』なんです。 私もこの理念が好きです。 住み慣れた地域で、お家で、元気で安心して生活を送ること。 そして、それを支える病院、スタッフ、WOCでありたいと思っています。 まずは、私の手の届く範囲からそんな環境を整えたいのです」。

どんな病気でも褥瘡はあるべき傷ではない。 それをいかに予防するか。 患者さんの痛みを自分の痛みとしてとらえ、痛みのわかる人としてできることは何か。 「少しでも褥瘡に気持ちが動いたならば、できるだけの努力をしてもらいたいと思います。 一度に結果を出すのは難しいですが、一人の患者さんでも成果をあげることができたら、きっと続く2年目3年目はやりやすくなるし、周囲も協力してくれると思います。 そして、だんだん人の輪も広がるでしょう。 きっとそれが予防という環境の地盤固めになるはずです」。 北川さんと彦根市立病院の褥瘡防止への信念は一歩ずつ地域の医療に根づいています。

北川智美さん

※2008年5月30、31日 成果を出すための褥瘡対策セミナー・アドバンス(大阪市)参加
彦根市立病院 看護科長補佐
皮膚・排泄ケア認定看護師
北川智美さん
彦根市立病院・看護科長補佐。 皮膚・排泄ケア認定看護師として、彦根市立病院で褥瘡外来を担当。 幅広い褥瘡ケアの知識と実践をもとに、院内だけでなく、広く地域の介護職、医療職の中で褥瘡ケアをリードされています。